宇宙人のはなし。

もし仮に宇宙人がいるとして、彼らは地球人よりも圧倒的に多数のマジョリティだとします。

宇宙人調査団がまだ全宇宙からしたら未開である地球にやってきて、様々なレポートを書きました。

内容はだいたい、環境破壊、戦争、核、水、食料、女性と子どもの権利について、などなど。このレポートをみた宇宙人たちは驚きました。地球人はなんて野蛮なんだ、どこまで前近代なやつらなんだ、と。地球は彼ら宇宙人の一般常識からあまりにもかけ離れた世界だったのです。

さて、宇宙人たちはそんな野蛮でな前近代的な地球を近代化させることが急務だととらえ、地球へとやってきました。そして、地球人を自分たちと同じようにすべく、あの手この手を使ってきました。

ちなみに宇宙人の洋服は短パンにノースリーブが一般的で、宇宙人女性は化粧をしませんし、髪は男女関わらず坊主です。差別ととらえるからですね。子どもという区別はなく、みんなで朝から晩まで働きます。穀物や動物は食べません。人工的な錠剤を毎日3回飲みます。

まあこれが彼ら宇宙人の一般常識であり、宇宙全体ではマジョリティにあたるから、地球人もこうなれよ、と宇宙人たちは僕らに言ってきたわけですね。

あなただったら、この宇宙人たちをどう思いますか?たとえ宇宙全体がそういう一般常識を持っていたとしても、無理にそれにあわせたいと思いますか。僕はいやです。

僕らには僕らの生き方があるし、価値観や生活があります。なぜマジョリティにあわせなきゃいけないか、わかりません。

さて、こんなたとえで僕は何がいいたいのかといえば、途上国を開発するぞ!といいながら、私たち先進国に同化したり、先進国マジョリティにあわせるような「上からの開発」をするのは間違えているのではないか、ということ。

一元的に「あそこの文化は私たちと違うから野蛮だ、だから教育すべき」だとか「あの国にはあれがないからだから不便だろ」だとか、そんなふうにとらえて支援や開発をするのは、たとえに出した宇宙人と同じです。価値観の押しつけであり、自己中心的であり、相手を思いやることができていません。

どんな支援や開発をするにも、いや、どんな形でも、ある特定の地域に関わるならば、その地域の価値観や文化、生活をしっかり学び、理解しなければいけないのではないでしょうか。そして、地域によって、アプローチの仕方を変える必要があるのではないでしょうか。

具体的なアプローチの仕方は、地域や、関わる方法によって変わってきます。これを読んでいるひとには、ぜひ自分で調べ、そして良いアプローチを見つけだしてもらいたいです。

さてさて、地球を変えようといきりたった心やさしい宇宙人は、なかなか言うことを聞かない地球に軍を派遣してきました。地球人はいったいどうなるのでしょうか。次回、急展開。こうご期待。つづく。

(2009/04/27)

イスラエルにおけるsecurityとは何か

「Here is fucki’n conflict city.」

 
大学一年のとき、僕はエルサレムに2週間程滞在した。これはその時、馴染みになったレストランのジョンと言う店員が静かに呟いた言葉だ。当時、というか今でも、エルサレムの旧市街の中にはいつもイスラエル兵がいて、パレスチナ人を監視していた。少し離れた東エルサレムでは、パレスチナ人の故郷をブルドーザーが壊しながら、大規模な入植地が建設されていた。パレスチナ人であるジョンは、そんな風に壊されていく自分の故郷に胸を痛めていたに違いない。彼の一言には、とても切なくて、なんだか寂しい様な気持ちが凝縮されていた気がした。

 
イスラエルのパレスチナ人に対する振る舞いのひどさは有名だ。まるで人で無いようにパレスチナ人を扱う。分離壁とか言うとても大きい壁を作って、彼らを隔離する。市場のど真ん中に金属探知ゲートを設け、移動を制限する。モスクへの入場を制限・監視する、夜中に家をぶっ壊して、人を殺す。このような行動が、エルサレムだけではなくヨルダン川西岸地区やガザなどの占領地で日常的に行われているのである。僕自身もヨルダン川西岸地区を訪れた時、ヘブロンやジェニンに残る傷跡を目の当たりにした。そんな中で、イスラエルの行動にはただただ疑問を持たざるを得なかった。海外ではイスラエルを「抑圧者」と評す人も少なくはないのが頷ける。

 
抑圧者イスラエルの行動すべては、securityという言葉の名のもとに行われ、正統化されている。イスラエルのSecurityのためであれば彼らは何をしてもいいし、何かしても責任を逃れることが出来るのだ。たとえばパレスチナ人の少年を射殺したら、テロリストに見えたからと「security」のために射殺した、と言い訳すれば良い。このsecurityという言葉には、単なる「安全」という意味を超えた、別の意味が包含されているのである。それは、パレスチナ人に対する過度の不安や悪意、妄想に近い恨みをひとまとめにして、彼らを敵として見なすような「意味」だ。明らかにイスラエル主観で自己中心的なsecurityを抱きながら、イスラエルの占領政策は続いているのである。

 
イスラエルがこのsecurityを中心に物事を考えているうちは、二国家共存が成り立つことは絶対にないだろう。そもそもその考え方は間違えているし、それがパレスチナの恨みを呼び、問題をさらに複雑化させているのは明らかだ。本来Securityとは、ユダヤ人もパレスチナ人も関係なく、そこにいる「人」のための安全保障を示す言葉として使われるべきなのである。もちろん、両者の間で繰り広げられている争いは、単に言葉の意味付けだけで解決される様な単純な問題ではない。しかしそんな言い訳が出来るような逃げ道を用意しているようでは、問題を根本から解決することができるはずもないだろう。securityという言葉の意味に正面から向き合って、しっかりとそれを考え直す必要があるのではないだろうか。

 
泥沼と言われているその問題が解決しないなんてことは、絶対にない。何らかの小さなきっかけが、解決に繋がることだって十分にあり得る。ひとつの言葉の意味を見直すことから、おおきな平和が生まれる可能生は否定できない。いつの日か、パレスチナの首都となった東エルサレムで、笑顔で元気に暮らすジョンに会える日が来ればと、僕は切に願う。

 

(2010/7/9)

あけましておめでとうございます

クリスマスが終わって、さらに無事ぼくたちは新年を迎えました。明けましておめでとうございます。

*

さて。

世界中で新年のリレーが行われていたさなか、ぼくたちはお祭り気分でテレビを見たり、おみくじを引いたり、お節を食べたりしていました。

新しい1年のはじまりを平和に迎えられて、みんな笑顔になりながら、街中が除夜の鐘に包まれる元旦。ぼくは大好きです。

でも世界中の人たちみんなが本当にそうやって平和に、新年を迎えられたかと言うとそんなことはないですよね。戦乱のさなかに新年を迎えた人も、飢餓に苦しみながら新年を迎えた人も、もしかしたら新年を迎える少し前に何らかの理由で命を絶たれた人もいるはずです。

ぼくたちは常にそういうことを心のどこかで意識なくちゃいけないんだなあ、なんて思いながら、ぼくは新年を迎えました。

*

かのジョン・レノンも同じようなことを言っていました。世界中に常に苦しんでいる人たちがいることを、「平和」が世界中において「普通」ではないことを、しっかりと意識して考えていくべきなんだよ、と。そしてそうすれば、世界はきっと平和になるはずだ、と。

そんなジョン・レノンの想いが込められている名曲があります。クリスマス・シーズンには毎年街中で流れている、誰でも聞いたことがあるような名曲。

「Happy Xmas (War is over)」です。

ジョン・レノンは妻のオノ・ヨーコと一緒にこの曲を書いたとき、「永遠のクリスマス・ソングをつくろう」と思ったといいます。

永遠のクリスマス・ソングをつくって、そのなかに「世界のことを考えてもらうような」要素を入れればいい。そうすれば、その意思は永遠に受け継げられて、いつかは世界中の人達が考える世の中になるだろう。

そんな考えのもとに書かれた曲が、このHappy X masなんです。

Happy Xmasの歌詞をよく読んでみれば、ジョンとヨーコのメッセージはしっかりと伝わってきます。ちょっぴり長いけれども、ここに全文掲載するので、動画と一緒に読みながら聞いてみてください。

*

[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=s8jw-ifqwkM&hl=ja&fs=1]

そう、今日はクリスマス
そして何を君はした?
一年が終わり
そして新しい年が今、始まった
そして今日はクリスマス
楽しんでるといいな
身近にいる人も敬愛する人も
老いた人も若い人も皆
心からメリー・クリスマス
そしてハッピー・ニュー・イヤー
願おうよ 良い年である事を
不安なんてない年をさ
そして今日はクリスマス  (War is over)
弱い人も強い人も  (If you want it)
金持ちも貧しき人も  (War is over)
世界はとても間違ってる  (Now)
そして今日はクリスマス  (War is over)
黒い人も白い人も  (If you want it)
黄色い人も赤い人も  (War is over)
やめようよ あらゆる争いを  (Now)
心からメリー・クリスマス
そしてハッピー・ニュー・イヤー
願おうよ 良い年である事を
不安なんてない年をさ
そう、今日はクリスマス  (War is over)
そして何を僕らはした?  (If you want it)
一年が終わり  (War is over)
そして新しい年が今、始まった  (Now)
そしてハッピー・クリスマス  (War is over)
楽しんでるといいな  (If you want it)
身近な人も敬愛する人も  (War is over)
老いた人も若い人も皆  (Now)
心からメリー・クリスマス
そしてハッピー・ニュー・イヤー
願おうよ 良い年である事を
不安なんてない年をさ
戦争は終わるさ
みんなが望むと
戦争は終わるさ
もう
(Happy Xmas!)

*

動画の最後に「an eye for an eye will make us all blind」というガンディーの言葉が引用されています。これは、「目には目を、では世界中の人はいつか盲目になってしまう」という意味。報復や恨みの繰り返しじゃ、いつか世界はダメになってしまうんだよという意味。

ジョンはこの言葉を動画の最後に引用することで、世界中の人達がより「考えて、行動する」ことを祈っているのではないでしょうか。

*

世界中の人達がみんな平等に、そして平和にクリスマスと新年を迎えることができるように。そしてそういう世界のことを、ぼくたちがしっかり考えていくように。

この素敵なクリスマス・ソングに込められた意思をしっかりと受け止めて、この2011年を過ごしていけば、もしかしたら世界は少しだけ変わるかもしれません。

夢ものがたりかもしれないけれども、本当に、本気で。

ハッピー・ニューイヤー。

(2011/1/1)

私の体験的国際協力論「ジレンマと、名前と、ありがとう。」

私の体験的国際協力論「ジレンマと、名前と、ありがとう。」

1.はじめに

私は国際協力を活動の中心に据えている学生団体S.A.L.(http://salsal.info)を大学1年次に立ち上げ、2年半の間、その代表として活動を続けてきた。団体の活動は主に、

(1)自分たちでスタディ・ツアーという形で何かしらの問題に苦しんでいる地域を訪れ、プロジェクトなどを開催。
(2)その報告をイベントやフリーペーパーで行い、そこで発生した利益を寄付。
(3)寄付したお金を間接的に届けるのではなく、出来る限り直接的に現地に還元する。

という3つのプロセスを経て行われている。つまり、自分たちが学んで、それを発信し、援助するという段階を踏んでいるのである。そのなかでも特に力をいれているのが「発信をすること」だ。問題に対する意識を社会の中で高めて行けば、援助の輪が広がっていくだろう、という価値観を持っているのだ。

そんな私たちは出来る限り自分たちのする国際協力が「机上の上の国際協力」にならないように心がけてきた。2年半の間にパレスチナやカンボジア、ネパールやチベット、インドを訪れて様々なプロジェクトや支援を行い、多くの人達と直接関わり、学び、感じ取って来た私の国際協力論を、このレポートでは述べていきたい。

2.ジレンマ

国際協力といえば、大抵の人たちは「食糧支援や医療援助、子どもたちに何かをあげる」といった類の支援を思い浮かべるだろう。もちろん私も、そのうちのひとりである。貧しい人たちや苦しんでいる人たちを救うために、「何かをする」「施しをする」ことこそが国際協力であり、支援であるという風に捉えていた。

私には、そんな類の支援の中にどうしても「支援を与える側」と「支援をされる側」という上下関係構造の存在に違和感を覚えていた。その上下関係構造には、エドワード・W・サイードが言うオリエンタリズムの東洋と西洋の分け方と近いものが内包されているのではないかと感じたのである。東洋と西洋が単に「支援をする先進国」と「支援をされる途上国」という構造に置き換わったに過ぎない。だからこそ「支援物資をあげる」「救ってあげる」というのは上から目線でエゴが存在しており、「相手を救いたい」という考え方ではなく、「相手より自分が上であること」に満足感を得ているように私には見えたのだ。

実際に私自身も国際協力にある程度携わり、現地の方々とコミュニケーションを取っていく上で、上記のような違和感が自分の中のジレンマとなっていた。スラム街をふらっと訪れ、子どもたちに日本のお菓子や玩具、カメラを配って2時間くらい遊ぶ。その間に私たちは子どもたち笑顔の写真をたくさん撮り、後ほど支援金をNGO渡しておしまい。ばいばい、と。そんなことが何度かあった。その様子を客観的に見てみると、なんだか第二次大戦直後にアメリカ兵が日本人の子どもたちにチョコレートを渡して満足しているような姿と自分が、重なってしまったのである。そこに私はオリエンタリズムを感じ取った。そしてそれが、私のジレンマになったというわけだ。

ジレンマを抱えるようになってから、私は子どもたちにカメラのレンズを向けることを控えた。罪悪感が私を襲ってきたからだ。そして、一体どうすればそのようなジレンマを脱することができるのか、真剣に考えるようになった。自分が上から目線になってしまわないように、言葉にも気を使った。「あげる」「贈る」という言葉ではなく、「渡す」という言葉を使うようにした。そしてさらに様々なことを考えていくうちに、気がついたことがある。本当の国際協力をするには相手を「他者」として捉えてはいけない、「相手に何かをしている」という気分にはなってはいけない、ということだ。そうすることで、「支援をするこちら側」と「支援をされるあちら側」という距離感が改善され、「対等」な関係を築き上げることができるのではないか、と結論づけたのである。

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(写真はカンボジアのスラム街、バサック・スラム。はじめての渡航。ジレンマを感じたとき)

3.名前を呼び合うことの大切さ

では一体、対等な関係を築き上げるために必要なものは何なのだろうか。自分のジレンマを解決するために、さらには支援する側とされる側が対等な関係を築き上げて、一緒に何かをやっていけるような状況が生まれる国際協力を実現するためには、いったいどうすればいいのか。スラム街の一件のあと、私は実際に国際協力に携わっている方々がどうやって支援を行なっているのか、どうやって国際協力を行っているのかに注意を払い始めた。そして私自身がカンボジアを訪れた際に、現地で活動を行なっている日本のNGO「Make the heaven Cambodia」のスタッフの様子を見て、これだと思った。

NGOのスタッフはみんな、支援をしているスラム街の子どもたち全員を名前で呼んでいた。さらに、井戸掘り支援をしている田舎の村でも、村人とわいわい楽しみながらお喋りをしていたのである。まるで友達感覚というか、心底友達であると感じながら支援を行なっているのだ。その様子は、今までそんな物が「支援」だとは考えていなかった私にとってとても新鮮で刺激的で、かつ素晴らしいと思える光景だった。そうして、これこそが私のジレンマを解決する「国際協力」の本当の姿なのではないか、と感じたのである。

お互いの関係を対等にしようと変に努力をする必要はない。友達感覚で現地の人達と付き合っていけば、自然と対等な関係を築きあげることができるはずだ。そんな所見から私が見出したのは「お互いの名前を呼び合うことができるような状況」が一番国際協力にとって重要で、そして求められていることであるということだ。友達のように、「名前」を呼び合うことがよりお互いの関係を「対等」にすると気がついたのである。

たとえば部活で先輩に名前を覚えられたのが嬉しいように、名前というのは人と人とを繋ぐ一番重要な要素である。国際協力の場でも、支援する側がされる側のことを名前で認識し、される側も支援をする側の事を名前で認識した上で、お互いを名前で呼び合うことが出来ればその関係はとても理想的な物になる。名前をお互いが呼び合うことはお互いの距離が明らかに縮まっている証拠であるし、名前を覚えられて嫌な気持ちはしない。気軽に名前を呼び合えるような関係が対等であることは、一目瞭然である。

お互いが対等な国際協力が行えることができれば、「一緒にがんばっている」という気持ちがこちら側からも相手に伝わっていくはずだし、同時に相手の気持ちもこちら側に伝わりやすくなる。その「気持ち」というメタファーは確実に、双方のモチベーションの向上にも繋がるに違いない。それは将来的に、支援を必要としない社会の構築も進んでいき、今盛んに叫ばれている「持続可能な支援」の完成にも繋がっていくのではないだろうか。

無論、名前を呼び合うことができるような支援の場、国際協力の場というのはとても限られている。大型の支援や一方的な食糧配給の場、大量の難民を前にした国際協力の状況では、とてもではないが名前を呼び合うことなんてできないだろう。しかしそういう場合においても、より一層支援する人たちと近づいていくことは、間違いなく求められていることではないのだろうか。名前を覚えてもらい、名前を覚えるという行為はまったく複雑な課題ではないし、双方が良い関係を築くのにはもってこいの手段なのだから。

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(二度目のバサック・スラムでは、子どもたちの名前をほとんど全員覚えて、話しかけた)

4.ありがとう

話はがらりと変わる。今度は箱物支援の話である。箱物支援は東南アジアを旅していればあちこちで見かける、ダムや橋などのインフラ支援のことだ。日本の国旗が描かれた橋がネパールやカンボジアの田舎に架かっているのを見たときは、とても驚くし嬉しさを覚える。このような箱物支援を行っているのは、ODAを通じた支援もしくはJICAによるプロジェクトが多い。しかしインターネットなどではそれらの支援について反対意見を述べる人もいる。私も、現地で働くNGOの方が「箱物支援はお金の無駄だ」と呟くことも聞いたことがある。

しかし私は、決して箱物支援が無駄であると考えていない。現地の方の声を直接聞いたことがあるからだ。それは、ネパールのカトマンズに私がいたとき、偶然リキシャ・ドライバーとの会話をしたときのことだった。彼は50歳で、もう20年近くもリキシャ・ドライバーを続けていた。文字も読めないという彼は、英語は堪能であるがお金も余り稼いでいないそうだ。彼は自分の身の上話から仕事の現状、ネパールの情勢などを話した上で、ネパールが受ける支援について語り始めた。「政府が全部持って行ってしまうんだよね」とため息交じりで話し終えた彼は、私の目を見ながら突然こんなことを言ったのである。

「JICAは本当に素晴らしいと思うよ。私たちのために、橋や道路や病院を作ってくれている。本当に私はJICAのと、日本に感謝しているんだ。本当にありがとう」

別に私が彼を雇っていたわけではないから、この言葉はリップサービスでもなんでもない。素直に心から感謝の気持ちを持ってくれている人がいたのか、とその時私は感動したのである。同時に、彼のような「現地の人達の声」は私たちになかなか届かないのだな、と強く実感した。

箱物支援は「モノ」を国単位という大きなレベルで投げ込む。インフラという必要不可欠なモノであるならば、そこからは何かしらの効果が生まれるはずだ。しかし、実際にはそれを感じることができない。先の述べたような対等だとか、名前を呼び合うという考え方が存在しないゆえに、効果が直接見えづらいのだろう。

だからこそ箱物支援をするときにも、重要なのは人と人とのコミュニケーションなのではないだろうか。現地の人達が日本の作ったモノに感謝したり、もしくは反対にモノに対して嫌な気持ちを持っていたりしたときに、何かしらの方法でそれを日本に「直接」伝えていけるようなシステムを構築するべきではないだろうか。そうすれば私たちは効果をしっかりと見ていくこともできるし、現地の人達との新たな、そして良好な繋がりが生まれるのである。

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(ネパールで話をしてくれたリキシャ・ドライバー。もうすぐ孫が生まれることをとても喜んでいた。彼に関するコラムはこちら→ http://togemaru.seesaa.net/article/137322990.html )

5.まとめ

以上が私の体験的国際協力論だ。キーワードとなっているのは、「対等」で「直接的」であること。お互いにモノを言い合えるような、いわばお互いが仲の良い間柄になれるという状況にこそ、理想的な国際協力の姿はある。だからこそ、私はこれからの日本の国際協力に求められている姿が「草の根支援の充実」であるに違いないと確信する。Face to Faceでお互いが顔を見ながら、しっかりとコミュニケーションを取っていけるような支援ができるのは、草の根支援だけだろうと考えているからだ。草の根支援とは正反対のところに存在する箱物支援だって、上記で述べたように何かしらの形で草の根支援と融合させることは不可能ではないはずである。

地域に密着し、現地の人達としっかりした関係を築き上げるような支援がいま、求められている。そのような支援をNGOやNPOだけに任せるわけではなく、国がしっかりとバックアップを取っていくべきではないのだろうか。

これからの日本の国際協力がそのように行われていけば、きっと素晴らしい成果をもたらしてくれるだろうと、私は信じている。

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(チベットで、子どもたちと一緒に)