「あの人は凄い」という簡単な一言について

ぼくは最近誰かを「凄い」と言い切ることに、やけに違和感を感じている。特に意識せずに言うことが多々あるからだ。だからぼくは、「あの人は凄い」という簡単な一言を考える。誰かを凄いと決めつけることは果たして、いいことなのか。

誰かを凄いとすること、それはその人を自分と違う立場にあると決定付けることになる。つまり、「あの人は凄いから」と決め付けることはある種自分に対しての諦めを生み出していて、それに甘んじる機会を無意識に作り上げているのではないか、ということだ。自分がやらないこと・できないことを正当化するための免罪符になってしまっているのではないか。

それに加えて、誰かを凄いと言い切ることは、その人がしてきた努力などを否定することにはならないか。「凄い」から「何か」できるという等式は本来成り立たないはずだ。なぜなら「何か」を成し遂げるためには、見えない努力の積み重ねがたくさんあるから。「凄い」の一言でその人に対する評価をまとめることは、その人の見えない努力をすべて無視し、なかったことかのように集約させてしまってはないだろうか。

諦めを正当化していて自虐的で、さらには相手の努力を暗に否定している。そんな隠れた意味合いが「あの人は凄い」というよく言う一言に含まれているのかもしれない。ぼくはそんなことを感じた。

簡単な意味のようで、複雑さを孕んだな単純な言葉こそ、しっかりと自分の中で咀嚼して吐き出していく必要があるのだろう。言葉をしっかりと意識して使うことの重要さに、ぼくは改めて気付かされた。

Focus on Myself

この9月に、ヨルダンでイラク難民とパレスチナ難民の子どもたちにインスタント・カメラを配ることになった。ぼくが大学1年生のときに奥田綾香と一緒に生み出した、この「Focus on myself」というプロジェクト。ぼくたちはそのプロジェクトの一環として、いままでカンボジア・日本・インド・チベットの100人以上の子どもたちにカメラを配ってきた。このプロジェクトはぼくの大学生活そのものになりつつあるし、これからもずっとずっと何らかの形で関わっていきたいプロジェクトでもある。

そんなFocus on myselfに対して、ここにひとつ「大きな問い」がある。

ぼくたちは、子どもたちにカメラを渡して何がしたいのか。子どもたちに「たいせつなもの」「つらいこと」「自分の国の紹介」を撮ってもらうことで、何をしたいのか。

この問いに対して、ぼくが思う答えはまずひとつ「自分の視野を広げていきたい」ということだ。そして、その視野の拡大を自分だけではなく、他者にも共有したいということ。さらには子どもたち自身にも、共有したいということである。このプロジェクトをはじめたうちから、ぼくはずっとこの3つを自分の中心に置いてきたし、それはいまでも変わっていない。このプロジェクトがそもそもは単純な好奇心の延長であることに、間違いはないのだ。

じゃあ、ぼくたちはこれからこのプロジェクトをどうしていきたいのか。

正直この点に関しては、ぼく個人がとやかく言うことではないだろう。でもぼくとして思うことは、もっともっとたくさんの子どもたちの写真を見たい。見せたい。広げたい。できることならば、世界の国すべての子どもたちの写真を集めたい。そして見たい。見せたい。広げたい。それだけだ。

「え、そんなもんなんだ」と感じる人も多いと思うけれども、そんなもんで逆に何がダメなんだ、とぼくは思う。ぼくはこのプロジェクトにおけるだいじなところが「子どもたちにカメラを渡す」という行為にあると考えていない。

ぼくが思っている、このプロジェクトのだいじなところ。それは、ぼくたちが頑張って集めてきた何千枚の写真たちから、玉石混交の「要素」を汲みとっていくこと。そしてそれを整理して、考えて考えぬいて、ひとつの「形」にまとめていくことだ。これこそが、このプロジェクトにおいて一番大切で、かつ忘れてはいけない根幹の部分なんじゃないだろうか。なぜなら、この一連の「作業」をしっかりと進めれば、ぼくたちは子どもたちの心情や本音、もしくは世界の現実や真実を見出していくことができると信じているからだ。

実際に3年間このプロジェクトを続けてきたぼく自身は、そんな一連の作業を繰り返してきて、少しだけれども「形」を見出すことができたと思う。心情や本音や現実や真実を、見出すことができたと思う。それはたとえば、カンボジアの子どもたちの写真から見出した「我慢している子どもたち」や、チベットの子どもたちの写真から気がついた「民族アイデンティティの変容」。インドの子どもたちの写真からの「独特の多様性」や、日本の子どもたちの写真からの「コミュニティの希薄化」などである。

これらを見出すのは簡単な作業ではなかった。しかし、つまらない作業でもなかった。見出すことができた「形」はどれも些細なことばかりだが、これらは確実にこのプロジェクトそのものに意味を加えてくれたに違いないだろう。

さらにぼくは、こうやって見出してきた「形」をどうにか発信しようと心がけてきた。いろんな人に、いろんなことを新しく「見出してもらおう」と心がけてきた。なぜならそのふたつの部分が、このプロジェクトにおいて一番だいじなところだから。形を見出すことですら難しい作業なのだから、それらを発信しようと、もしくは自発的に見出してもらおうとすることはとても難しい。でも、そこで諦めてはいけない。諦めここままでいたら、ぼくたちは単なる「子どもたちのカメラを運ぶ脇役」に過ぎない存在になり得る。実際にそうではなくても、そう見えてしまう。

「子どもたちが主役」であるこのプロジェクトにおいて、ぼくたちが単なる「カメラを運ぶ脇役」に収まることを避けるために、ぼくたちはこのプロジェクトのもっと根本的な部分を見出す努力をして、それを発信する努力をして、さらには「見出してもらう」努力をしなくてはいけないだろう。ただ機械的に子どもたちにカメラを渡しただ粛々と写真展をしているだけじゃ、このプロジェクトは面白くない。子どもたちの写真に関して考えて見出して、それを伝えることにこそ、面白みがあり意義があるのだ。

Focus on myselfがこれからもいいプロジェクトでいてくれるために、ぼくも、もう少しだけの間そうしていきたい。そしてそれが、もっともっと大きくて素晴らしいたくさんの「形」を生み出すことを願っている。ひとりでも多くの子どもたちの写真が形を紡ぎ上げていくことを、願っている。

震災について、思ったこと。

震災はまだ終わってないんだよな、と思う。ほんとうはまだ震災という事態は継続しているんじゃないか、と。

震災っていう事象はあの瞬間から今に至るまで連綿と続いていて、ぼくたちはその「線」の一番前でこの瞬間を生きている。でもぼくたちはその線の一番前にいることに気づいていない、気づこうとしていない。

あまりにもこれからのことが不確実すぎて、ぼくたちはその事実に気づこうとしていないのか。それとも、もうとっくに連綿と続いた線が途切れていて、自分たちの力で歩き出していると思い込んでいるのか。どちらかはわからないけれども、とにかく線は途切れること無く続いているし、ぼくたちは間違いなくその先頭にいて、いまも動きつづけている。

地震が少なくなってきたから、緊急地震速報が減ったから、街も明るくなってきたから、原発もあんまり話を聞かないから、季節が変わったから、被災地も落ち着いてきたらしいから。だから震災前の「日常」に、ぼくたちは戻ることができた。そんな風にいえることが本当にあり得るのか。いや、あり得ないだろう。

これからぼくたちが出会う日常は、もしくはいまぼくたちが日常と思い込んでいる日常は、もはやいままでの「日常」ではない。その日常はあの瞬間を境に、消えて無くなってしまったモノだ。ぼくたちはそれに縋るのではなく、過去の日常に回帰することを目標とするのではなく、新しい日常を捉えなくちゃいけない、新しい日常に気がつかなくてはいけない。仮に新しい日常が、あの瞬間以前では「異常」であろうとも、それが線の一番前にいるぼくたちにとっての日常なのだから。ぼくたちは、「現実」を受け入れなくてはいけない。

もちろん、思い込みや忘却は悪いことではない。忘却をすることで、過去の日常に戻ったような気分になることはできる。そうすれば心だって休まるし、楽しくなる。でも何から何まで忘却したら、意味がない。時代そのものが動き出しているいま、ぼくたちの果たせる責務というのは忘却をすることではないのではないだろうか。

ぼくたちに果たせる責務とは、伸び続ける線の先頭で流れ行く後ろの方を見ながら、いままでに起こったひとつひとつのことを見直すこと。そして、線の先にあるだろう不確実で異常な日常に備えていくことなんじゃないか。それはきっと、いつか線が途切れたときにとても意義のあることになっていくはずだ。未来への希望に、なっていくはずだ。そのために、これからを生きていくぼくたちは、忘却をするのではなく責務を果たすために「意識」をしていかなくてはいけないのだ。

「もうダメだこれ、現実だから」。南三陸町が津波に飲み込まれる映像を冷静に撮影し続けた少女は、自分が生きた街が消えていく様子を見ながら、そうつぶやいた。ぼくたちも、そうやって現実を受け入れなくてはいけない。現実に、気がつかなくてはいけない。そして、強くならなくてはいけない。そんなふうに考えて、ぼくは自分の中にあったもやもやをやっと昇華した。

震災3ヶ月目と4日目の、夜が明ける。

 

*最後のひとことは、http://www.youtube.com/watch?v=jxng4VE8ptw 7分辺りから。