祝島、広島、京都と関西を一週間程ぶら着いていました。明日の終電で横浜に戻り、明後日から1ヶ月半ほど海外に行ってきます。

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タイから入り、カンボジア、インド、ネパール、ドバイ、ヨルダン、イスラエル、パレスチナ、トルコとユーラシアをプチ横断する予定。ネパールはビザの関係上まだ行けるか怪しいんですが、ほかは確定です。インドではチベット民族が住むラダック地方にも行くんですが、ひたすら楽しみです。

4回目のカンボジアではいつもお世話になっているNGO MAKE THE HEAVENとバサック・スラムに行って、こどもたちと遊びます。2回目のパレスチナではジェニン難民キャンプに行って、1年生のときに訪問した「Freedom Theater」に行こうと思ったのですが、イスラエル軍が最近襲撃をしたりと物騒で中止。残念だけど、しょうがない。1年のときに出会ったみんなはどうしてるのか、心配です。

ヨルダンでは高遠菜穂子さんのご協力で、イラク難民の子どもたちにカメラを渡してきます。Focus on myselfというやつです。ついにイラクの子どもたちにカメラを渡せるというのは感慨深い。ヨルダンではさらに人口の半分を占めるパレスチナ難民とも交流し、その子どもたちにもカメラを渡してきます。

さらにさらに、小学生の自分にとって衝撃だった9.11から10周年のことし、9月11日にイラク難民の若者たちと死海にいくことができるかもしれない、というのもサイコーです。言い方は悪いけど、ほんとうに楽しみです。

ああ、まじでいろいろといい経験ができそう。

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さて、ここからは祝島のはなしです。祝島についてはこの間のブログに書いたので、どんなところかわからない人は読んでみてください。

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祝島はほんとうに感じることがたくさんありました。ここに書けることも書けないことも、いろんなことを聞けました。

上関町では「漁師は補助金もらってるばかりでなく働いたらええんじゃ」と言うタクシーの運ちゃんから、そして祝島では「うちにいてもクーラーは使わんのよ、反原発なのに電気 をたくさん使ったら矛盾しちょるじゃろ」というおばちゃんから、たくさん話を聞けて、ほんとうに行ってよかったと思いました。

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たとえばこんな話が印象に残っています。祝島のおばあちゃんのお話。祝島では渇水がよく起きるんだけど、そのときには本土から水のタンクを買って持ってこなくちゃいけない。そのお値段は3-400万円。「そのお金、誰がだしとると思う?中電さんじゃけ」。去年だけで渇水は3回、それってすごいことですよね。

祝島ばかりが反原発で取り沙汰される事が多いけど、上関でも反対している人は多いらしいです。ただし2000万円+補助金をもらえるとかいう漁業従事者のほとんどが賛成で、賛否の割合は65:35くらいだそうです。タクシーの運ちゃんから話を聞きました。運ちゃんは補助金ももらえず反対だけれど、 選挙に行っても何も変わらないから「行かない」らしい。 来月上関町長選挙があるんだけど、どうなるんだろう。

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祝島に行って帰ってきた今。ぼくが原発に白黒付けれるか、って言ったらやっぱりわかりません。けれども、原発っていう巨大な建造物が、ちいさなちいさなコミュニティをおおきく変えてしまうんだってことは、心から痛感しました。思っていた以上に、「ウチ」と「ヨソ」という考え方が排他的なコミュニティを形成している、とってもちいさな島だったんです。それが原発で、変わってしまったんだなということ。

だからといって、一概に「原発を作るな」と叫べない事実もたくさんありました。原発があったらあったでよいこともある、なくなるとなくなるで困ることもある。それは原発を建設しようとしているせいでもあるし、原発を建設しようとしているおかげでもある。ほんとうに複雑なんです。言ってしまえば、原発建設予定があるからこそ今の祝島がある。なぜなら祝島は「反原発」という一種のブランディングをされる島に、変わりつつあるから。さらには原発建設のお陰でお金だって下りてきているし、渇水のときは水を買ってもらえる。じゃあ原発建設を中止したら、どうなってしまうんでしょうか。

話を聞いたおばあちゃんは言っていました。「原発がなくなったら、祝島は夕張よりひどくなってしまうよ」と。

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そしてもっともっと感じたことは、「原発建設問題」は都市と地方の格差を利用した、ある種の帝国主義的な価値観が潜在的に行使されているんじゃないかな、ということです。都市のにんげん、つまりぼくたちのようなにんげんは、原発建設の裏に隠された「できごと」を知り得なかったし、知ろうともしなかった 。そんな無知が、福島でも、さらには祝島でも、日本中あちこちで大小様々な問題を生み出している。そこにはやっぱり罪があるのではないでしょうか。

上関原発建設予定地。最寄り駅の柳井駅からバスで1時間で上関町につき、そこからタクシーで30分くらいかかる場所にあるのが、建設予定地です。周りに住んでる人はほとんどいない、町もやっぱり活気がない。ああ、「こういうところに原発を作るんだな」っていうのがよくわかる町です。都市のにんげんの原罪は、そういう場所に隠れているんだな、と。

それにも関わらず、原発に関して「政府が悪い」「電力会社が隠した」っていう風潮が、最近多い気がしています。「わたしたちは騙されていた」っていう被害者意識は、ぼくたちが持つ無知の罪から逃げようとしているような、いわば責任転嫁にも見えるんです。ぼくたちにも責任が無いはずがない。知ろうとすることは「できた」はずなのに、それをしなかったんだから。

そういう意味で、ぼくたちは都市と地方の間における「帝国主義的な価値観」を内包した「帝国主義者」になってしまっていたと、常々思うわけで。原発に対してそういう姿勢でいた自分たちを反省をしつつ、これからはそんな事実たちを知っていくべきだし、なにか行動を起こしていくべきなのかもしれません。

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上関の運ちゃんには「福島のアレで反原発になって来たんじゃろ?」と言われたんだけど、一概に「はい!」とも言えない自分がいました。祝島のおばちゃんに「あんたらは映画やネットで祝島のいいところしか知らんじゃろ、いろいろあるんじゃ」と言われて、複雑な気持ちになりました。

現実は単純ではなく複雑で、二元論的に語ることのできない問題がたくさんからみ合っているんです。生の声、生の島を見ないと見えないことがたくさんありました。繰り返しになるけれども、祝島に行って、ほんとうにほんとうによかったと思っています。その後に向かった広島でも、やっぱり考えることはたくさんあって。核のこわさを考えれば原発に反対したい自分もいるし、いろんなことを踏まえて考えてあってもいいなと思う自分もいて。もやもやはやっぱり残るばかりです。

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さて、いまから寝て起きて、もう一度寝たら出国です。向こうでもちょくちょくブログを書く予定です。Twitterでも報告していきます。それでは、おやすみなさい。


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