イラク戦争から10年。

ヨルダンでイラク難民に出会ったり、高遠菜穂子さん と活動したぼくには、この10年の節目に何が出来るんだろうと考えてみて。いまの仕事柄、「伝える」ことが自分がいちばんできることだなあと結論づけてみて。そうして、けっこうな想いを込めて、自分の働く新聞会社で、記事を書きました。

もうイラク戦争から10年も経ってしまったんだと思ういっぽうで、まだ10年しか経っていないんですよね。

ぼくらにとっては当たり前のように過ぎていった10年間だったけれども、イラクの人たちや、戦争に巻き込まれた人たちにとってみれば、悲しくて、辛くて、どうしようもない気持ちが積み重なった10年間だったはず。
そういう人たちに想いをはせるだけで、いったい何が変わるんだよっていう人もいるかもしれないし、そんなことを言われてもぼくは反論できないけれども、やっぱり、「そういうことがあったということ」は忘れてはいけないことだと思うし、覚えている、思い出すということで、何も変わらないわけがないとも、信じています。

きょう、ボストンでテロがありました。8歳の子どもを含む3人が亡くなり、たくさんの人が怪我をしました。ああいう恐ろしいテロっていうのは、イラクでは日常のように起きている。でも、ぼくたちはなにも考えなくなってしまっている。「ああ、イラクでまたテロがあったんだ」と。「ああ、自動車爆弾が爆発したんだ、100人くらいがけがをしたんだ」と。

慣れって怖いですよね。でも、イラクに住んでいる人たちがテロに慣れるはずがない。実際にぼくたちはテロの風圧も、悲しみも、怒りも、恐ろしさも、なにも感じていないから、慣れているだけ。日常の中の非日常。非日常の中の日常。それがいまのイラクにはまだ残っているわけだし、そんなイラクを生み出したのは、紛れもなく人為的な戦争なんだよなあと考えていると、やっぱり戦争っていうものは、ものすごく、至極単純に、くそムカつくなあ、と、まじでウザいなあと、やめろよって思うわけなんです。

ことばは汚いけれども、やっぱり、ほんとうに、戦争はやめてほしい。そんな想いを精一杯込めて書いた記事です。よかったら読んでみてください。ついでに、イラク難民の方に出会った際に書いたコラム、「サナおばさんの911」も再掲しておきます。

http://togemaru.com/?p=232

おやすみなさい。


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