こぼれ話。きょうは、神戸空襲を生き延びたおじいさんに会ってきました。

空襲後、市内に墜落したB29の機体には、等身大の女性のヌードがペイントされていたそうです。町の男たちは被災直後にも関わらず、それを見ようと、わらわらと残骸に集まっていたとか。

「兵隊さんが焦げたトタンでヌードを隠すんやけど、風でしょっちゅう取れてな。みんなで『見えた!』『見えた!』ってやってたわ

豪快に笑うおじいさん。見に行ったのは墜落の3日後だったけれども、死んだ米兵の遺体はそのまま。遺体に石を投げたり、持ち物を盗んだりしていた人もいたとか。笑い話とのギャップがこれまた、リアル。

あと、不発弾の話。

「拾ってきた焼夷弾の油脂を抜いてな、燃やすと。風呂がちょうど一杯焚けるねん」

生活の知恵というか、なんというか。

グラマンやP51の機銃掃射を受けたことも何度か、あったとか。

「若い米兵の顔が見えるんや。ほんまに怖いで。でもな、あっちも一人で敵国の空飛んでて怖いんやろなあと、子どもながらに思っててな」

お兄さんを戦争で失っていてつらいことも多かったろうに、笑顔で淡々と当時の記憶をふり返る力強さに、ぼくは感服しました。

(2014/8/22)

戦争とは、政府の誇大妄想だけでは成り立たない。官民の連携が根本ある。どちらかといえば、官から民に押し付けられるものではなく、積極的な国民ないしは企業体の関与により、現実味を帯びてくるものなのだ。

(2014/4)

戦争連載にタッチするのは、3年目にして初めてで。「もう繰り返したくない」「平和が一番」と、大事だけれども、ありきたりな言葉で締めるのはいやでした。だから、淡々と、当時をふり返る記事が書ければと思っていました。

今となってはリアリティのない、淡々さ。でも、その「淡々さ」っていうのは、当時の空気感そのものなんじゃあないかなと感じていて。
だからこそ、「淡々さ」にこそ、戦争のホンモノの恐ろしさ、生々しさ、そして気持ち悪さが内包されているのでは、と思うわけなんです。

(2014/8)


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