ジャーナリストと現場と、想像力について。

今朝の朝日新聞、オピニオン面。学生時代にボランティアをしていたジャーナリスト土井敏邦さんのインタビュー、心を突き動かされるような気持ちになった。となりの森達也の話も面白かったけれど、それは少し政治的で、土井さんの話は実践的で。

「(人々が)遠い国の人たちと、同じ人間としての痛みを感じる感性と想像力を持つことができるかどうか。(中略)だから私たちは現場へ行く。『あなたと同じ人間がこういう状況に置かれている。苦しんでいる。もしそれがあなただったら』と想像してもらう素材を人々の前に差し出すためです」

やっぱり僕たちは現場に行く必要があるんだ、受け手の想像力のために。現場で暮らす、声なき人たちの声を拾う必要があるんだ。

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今日見た映画も、おんなじ気持ちを突き動かすような、そわそわとくすぐるような、そんな映画だった。
「おやすみなさいを言いたくて」というその映画は、戦場写真家の母親が家族との暮らしと仕事の間で葛藤するというストーリー。
やっぱり彼女も、現場に「行かないといけない」ひとりだったわけで。
はやる気持ちを抑えつつ、自分にどんな仕事ができるのか、よりいっそう考えたい。
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ぶつくさ考えていたら、やっぱり今日、「街場の戦争論」を読み終わった。点と点がつながるというか、これも何かの巡り合わせなのだろう。
他人の想像力に訴えかけるような響く表現をつかえるようになるためには、まず自分自身が想像力を持たないといけないわけで。
一概に批判をするだけではなく、なぜ、この国はこうなろうとしているのか?と、偉い人たちの頭の中に入り込んだ妄想を繰り広げるような思考実験は必要だし、マイノリティの人たちは何が不安なのか、と考え続けることだって同様に、必要だ。
そのためには、材料がいる。練習もいる。だから本を読むし、映画を見るし、足を動かす。
この本は、まさにそんな「材料」のうちの一冊で、最近読んだものの中では、「人類が永遠に続くのではないとしたら」と同じくらい、面白かった。
想像力は使うもの。刺激されないと、使うことはないまま終わる。そんなふうに思う。
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●参考
(言論空間を考える)人質事件とメディア 土井敏邦さん、森達也さん
http://t.asahi.com/h8d5


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