原爆症裁判と自分

原爆症とか被爆者っていうのは、どことなくもう「歴史」なのかなと思っていました。69年も前の話だし、「はだしのゲン」で描かれているような人たちっていうのは、まったく自分と出会うことはないんだろうなあと。出会っても、テレビとか、教科書のなかだけだと。もちろん、原爆はだめだとか、核廃絶だとか、そういうことは思っていました。それとこれとは、ちょっとばかり違う感覚です。
このあいだ、熊本で原爆症の認定をいちど却下された人たちが、やっぱり認めてほしいと求める訴訟が、ありました。そこで僕ははじめて、被爆者の人と出会い、話しました。歴史じゃあなかった、現実なんだと、痛感させられました。自分の無知さを、想像力のなさを、恥じました。